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塩と共に歩む32年近代化の波に遅れまいとする日本は、1905年日露戦争の戦費を調達するため、塩の専売法を施行しました。国策において塩は重要でしたが、日本は風土上、岩塩、天日塩は採取することが難しく、塩の品質を一定化させる目的で、仕入れる塩の塩化ナトリウムの純度によりランク付けをして、純度の高い塩ほど高く仕入れておりました。第二次大戦後の復興にともない、大量生産、大量消費が美徳となるなか、国は国内の塩の安定供給を目指し、1971年「塩業近代化特別惜置法」が国会で可決され国内のすべての塩田が廃止されました。そして「イオン交換膜法」といわれる新しい製塩法が登場しました。それは、海水に電流を流し、ナトリウムイオンと塩化物イオンを分離させる方法で、高純度の塩化ナトリウムを抽出することができ、また天候に左右されずに低コストで製塩ができたのです。　　高度成長時代において食用の塩の何倍も消費されるのは工業用の塩でした。こうゆう社会情勢においてもこの精製塩はうってつけでした。しかし、食用においては重大な欠陥がありました。今まで作られていた自然塩には多くのミネラル分が含まれており、それは人間の健康において欠かせないものでした。しかし、精製塩はすべてのミネラル分を除去してしまっていたのです。沖縄では昔から、沖縄の文化というほど自然塩が生活の中に多く根ざしていました。自然塩が使えなくなり、精製塩を使ううち、様々な異変が出てきました。中でも、スクガラス（和名アイゴ：小魚の塩漬け）が腐り始め大きな騒ぎとなりましたが、これは検査結果、精製塩によるものでした。さらに健康被害も囁かれ、自然塩復活を求める運動が起こり、その中心となったのが物理学の研究者であった故、谷克彦氏でした。　　谷氏はイオン交換の塩の調査をし、問題の重大さを知り、自然塩復活運動に立ち上がりました。大阪府立大学工学部教授だった故、武者宗一郎氏と協力し、全国を精力的に飛び回り、何度も政府に働きかけました。また1974年に武者宗一郎氏、四国女子大学教授で医者の平島裕正氏、料理研究家・辻義一氏などと共に「専売塩で日本民族は滅びるのか」と題してシンポジウムを行いました。この運動により、輸入原塩の使用と研究用を条件に原塩に「にがり」を添加した再生塩の生産を国に認めさせたのです。その後、谷氏は沖縄の現状を知り沖縄の塩・シママース復活のため来沖しました。　　当時、体調不良などから自然食品を学び、塩に興味を抱いていた私は、その時初めて谷氏と出会い、それが私の人生を決定するものとなりました。読谷村で行われた塩作りワークキャンプで立体式塩田や揚げ浜式塩田の実験を行い、ワークキャンプ後も二人で塩の研究を続けました。研究を繰り返す中、海水のミネラルバランス分をバランス良く残す塩が理想的な塩と知りました。しかし実際に作ることは難しく、失敗の連続でした。一年後、谷氏は伊豆大島に渡り、塩の研究を続け、私も生業のタイル職人の傍ら塩の研究を続けていました。そしてある日、谷氏の訃報を聞き、大きなショックを受けました。同時に理想な塩を作るのは私の運命ではないかと悟り、恩師・谷氏の残した言葉「いのちは海から」を胸に研究を続ける決心をしました。こうして研究に取り組み始めて21年度に「粟国の塩」が完成しました。谷氏の自然塩復活運動がなければ、そして谷氏との出会いがなければ「粟国の塩」の誕生は無かったことでしょう。　　戦後の復興とともに、暮らしを便利・快適にして、物質的に生活を豊かにすることが最も優先されました。しかし、本来の品質を無視したものが大量に出回っています。そのため「本質を作る心」までが薄れてきている気がします。四方が海に囲まれた沖縄での塩を取り巻く環境にも影響を及ぼし、30数年前まで、海水を濃縮する入浜式塩田（潮の満ち潮を利用して海水を濃縮する）が各地に点在し、その塩田で濃縮した海水を職人達が釜で炊き上げ、できた塩とにがりを母親達が売りに歩く。母親は頭に大きな桶いっぱいの塩をのせ、バケツいっぱいのにがりを抱え、20キロ以上離れたところまで足で運んでいました。こどもながらにそのパワーには圧倒されたものでした。しかし、1971年の「塩業近代化臨時措置法」により、その美しい塩田風景や塩売りも姿を消しました。文明が発展し、環境や自然の情景をだめにしただけでなく、食品安全まで曖昧にしてしまいました。その結果、過去には存在しなかった奇病、難病や人々の健康を害するものまで発生し、地球環境をも脅かしかねない社会を作り、地球そのものの存在すら危ぶまれる状況にいたってます。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　次のページへ