昭和12年、サイパンに生まれ終戦を迎える。
その後、沖縄に戻り米軍施設にて勤務。北中城の貸家を本土からきたタイル職人に貸す縁で弟子入り。
70年代初めに身体を壊し、ヨーガ道場に通い、玄米食、自然食を学ぶ。
昭和49年自然塩運動の中心的な活動家であった学者の谷克彦(故人)と出会い、塩の研究をはじめる。その後、住まいを読谷村に移し、タイル業を生業としつつ海水研究施設をつくり沖縄の伝統整塩を改良し、自然塩づくりに4半世紀をかける。
昭和54年11月に沖縄県よりタイル職人として優秀技能賞を受賞。
1994年5月日本建築仕上学会学会賞(技能賞)を受賞。
タイル職人として数々の賞を受賞するが、塩づくりのために廃業し、平成6年9月粟国島に立体式塩田タワーを建設。本格的に塩づくりをはじめる。平成10年4月株式会社沖縄海塩研究所へ法人化。現在に至る。
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