鶴岡市藤沢地区には藤沢カブと呼ばれる赤白の長カブがある。
昭和60年代に同地区の渡会美佐子さん一人が自宅近くの畑に栽培するだけのとなり絶滅寸前となった。
そのときに地元の新聞記者や漬物屋「本長」などの支援、焼き畑のカブ栽培を続けてきた藤沢地区の農家後藤勝利さんの努力で藤沢カブが復活し、現在も毎年、本物の味を求めて焼き畑栽培が行われている。
後藤さんの持つ林業と焼き畑の複合技術、火入れの前後の地ごしらえの丁寧さと畑の美しさには、毎年ほれぼれさせられる。 鶴岡市温海地区には、330年以上の歴史と品質を誇る温海カブがある。 また、田川地区には昭和25年以降、榎本勝子さんらが中心となって温海カブから選抜・育成を進めた田川カブがある。 温海、田川および藤沢カブは現在いずれも、「甘酢漬け」の加工が主流であるが、30年くらい前はみそと塩(ときにはさらに甘味を加えるためにこうじや柿)で漬け込む「あば漬け」が主流であった。 青葉高著「北国の野菜風土誌」には、温海カブが1672年に庄内の物産を紹介した「松竹往来」に登場し、1800年前後の古文書にカブ18個の代金が米一升に相当するほど高値で取引され、江戸でも人気を博したことが述べられている。 カブの味は普通の畑よりも焼き畑のほうが美味だと、栽培者たちは口を揃えて言う。 これまで庄内のカブはいずれも焼き畑にこだわって、栽培されてきたが、杉材の価格低迷による伐採地(焼き畑候補地)の激減と焼き畑人口の高齢化で存続が難しくなっている。 いかにして本来の味を守るための焼き畑と地域固有のカブを存続させるか、重い課題がのしかかる。 近年、鶴岡市温海庁舎が焼き畑の温海カブを未来に伝えていこうと、昔ながらの伝統的な焼き畑を支援し、高品質な温海カブの生産とブランド化を図る事業をスタートさせた。また、藤沢カブ、宝谷カブともに栽培支援者や応援団が増えつつある。
庄内の在来カブは、焼き畑という、アジアの持続可能な伝統農法の知恵を未来の日本へつなぐカギを握っているのである。 (江頭宏昌 山形大学農学部助教授/2006年10月26日掲載/「どこかの畑のかたすみで」山形大学出版会) |